コテンパンでおばちゃん号泣
子供クラスの前後に先生を捕まえてようやく練習ができるようになりましたが、いろんな相手と乱取りせねばならないのではないかと思い先生に相談、さっそくコロンボに練習に来ていた陸軍のチームに今週は合流させてもらいコテンパンにやられてまいりました。もう誇張でもなんでもなく5秒に一回くらい投げられてました。なにやっても投げられて半泣き状態(いや本泣きしてました)一度奇跡的に小内巻き込みが決まってからは相手の軍人くん、ますます容赦なくなって「オ~ラ、オラオラ立てよコㇽラァ~」状態だったと思います。中途半端な巴投げをしてしまったが最後、軍人くんも仕返しとばかりに巴投げで応酬です。もちろんきれいに飛ばされてチーンなんですが、巴投げは背中から落ちたら一本なので次きたら空中で反転して絶対に腹から着地してやると決心し機会をうかがってみました。(いやいや飛ばされること前提かい!というのはナシでお願いします。)もう何やってもダメだったのでこんなことしか思いつかなかった…で、一度だけ腹から着地ニャンコ先生ディフェンス成功しました!ほんとそれだけでした満足したのは。
でも、実は相当落ち込んで52歳のおばちゃん号泣いたしました。ずっとチーム競技しかしたことがなく負ければ人のせいにできたし傷のなめあいでやり過ごしてきた身としてはこのすべての責任が自分にある個人競技での負けを自分の中でどう処理していいのか混乱して取り乱してしまいました。神取忍さんがいいこと言ってました、負けを認めて弱さを認めないと次には’進めない…正にです。ニャンコ先生以外に何ができて何ができなかったかもう一度考えてみます。
最後にまた悲報です。久しぶりにスリランカ柔道協会の本道場へ行ったわけですが、以前はアルミの窓枠がごっそり盗まれていましたが、今回はさらにひどく鉄製の階段の手すりが機械で切断され持っていかれ、一階のガラスは粉々でした。屋根も風で飛んだのかなと思いましたが切断されて持っていかれてました。何やってんねんスリ柔協!乗り込んでいきたい気持ちでしたがいろいろ内部のポリティクスもあるようで今の先生の迷惑になってはと思いぐっと押さえました。日本の援助も入っていてオープニングセレモニーには当時の日本大使や加納治五郎先生のお孫さんで講道館館長だった加納行光先生もいらっしゃっていたのに。なんてことを!
いよいよラストスパートへ!
7ヶ月ぶりに柔道がはじまりました!もといた陸軍チームは各地に分散されてしまいコロンボ不在、コロナの外出禁止と相まって練習ができず、自主練のみの悶々とした生活にようやくピリオドです。
退役して田舎に帰ったB先生がコロンボ近郊で週末に柔道教室を始めることになったのです。これを逃してはならぬとオバはん丸出しでごりごりネゴシエーション!!教室には初心者の子供ばかりですが、子供が来る前に2時間ほど稽古をつけてもらえることになりました。
練習始めはぎこちなく打ち込みも“な~んか違う感“が払拭できず不完全燃焼でした。あせらずしかしピッチをあげていきたいと思います。この7ヶ月座学してきた技や攻め方、試してみたいものがいっぱいあるのでこれからの稽古がとても楽しみです。
コロナの状況にもよりますが順調にいけば昇段試験まであと半年、逆算してもう一度練習メニューを見直しラストスパートをかけます。前回の初昇段試験は一重に準備不足と恐怖心が払拭できずに玉砕、とにかく練習、練習量と自信は比例すると信じてやるのみです。(新年なので決意風に締めました😅)

自分の練習の後、子供たちのクラスのお手伝いをしています。天真爛漫、よく笑いよく喋る。写真は子供の前でのデモンストレーション、投げられているのがワタクシです。
コーチライセンスとりました
コロナで柔道ご無沙汰なので、少し前の出来事ですがアップします。
Savate (サバット)をご存知ですか?フレンチキックボクシングとも呼ばれるフランス発祥の格闘技です。スリランカサバット協会が競技の普及のためコーチ育成セミナーを格闘技経験者を対象に行なっていて、このたび私の柔道の先生の道場が会場になり、お弟子さんも参加するとのことで私もお誘いを受けました。道中また象が見れるかななんて小旅行気分の軽い気持ちで行ってみることにしたのです…
朝9時から夜の8時までみっちり1日講習を受けました。周りは全員20代(最高で24歳)、体育の先生や警察学校や陸軍に入隊を控えた強靭な若者ばかり、みな子供くらいの歳やないか〜い。その中でわたくしババア1名🤣 インストラクターの先生、私の歳を聞いて2度聞きならぬ3度聞き🤣
準備体操でバテるお決まりのコースから始まり、基礎から段階を踏んでテクニックを習得していきました。20代にキックボクシングをかじった経験のおかげで「テクニック全て体現できてるのはこのおばちゃん1人や!」と若者にゲキが入り筋がいいと褒められるが「おばちゃん」て…
酸欠しそうな会場で男女各一名リタイヤ、おばちゃんアップアップを悟られないように上手に休みながらついて行く。右利きなのに左のキックが強いらしい、相手の細身の女子吹っ飛んだ。最後にインストラクターの先生相手にミット打ち。ガードが下がると瞬時に頭をミットでぶん殴られる、星が飛ぶ✨ ええ大人でこんなにしばかれるってなかなかないよ気持ちええわ〜。またもやボロ雑巾状態ではありましたが昭和の女、最後まで食らい付いて行き無事コーチライセンス頂きました!
体力的には騙し騙しなんとかついていけましたが若者との最大の違いは回復力、一緒に参加した若者が次の朝9時ごろ朝ご飯を届けに宿に来てくれましたが、おばちゃんは起き上がることすら出来ずにもがいておりました😅 そしてその彼は何と早朝から家業の畑仕事もしていたという…若者恐るべし。イチローさんも山本昌さんも三浦カズさんも言ってたな、体のケアが選手生命を伸ばすって。おばちゃんもケアして行けるとこまで行ってみよう…かな。


7ヶ月ぶりの柔道、そして悲報…
じゃーん、お待たせいたしましたー(私が待ってたんですがね) 7ヶ月ぶりに柔道をしてきましたー。それも無謀な3日連続…新規感染者数も下降傾向にありコロナも少し落ち着いてきたということでB先生が用事でコロンボに出てきたところを捕獲して道場へ。
打ち込みと軽く乱取りをしましたが、楽しかったあ〜。休み中コツコツトレーニングをしていたので練習後の身体の痛み具合も想像してたよりは軽く済みました。乱取りでは休み中のビデオ学習で学んだことを試してみたり、自分のできないところを再確認、ランニングのお陰か息が上がって茹で蛸状態になることもなく無事終了ーと思いきや、ヒジが当たってアゴが軽くズレました🤣 ハフハフしている私を見て先生大笑いしてるでー、そんな先生を見て私も大爆笑さ、するとどうしたことでしょう元に戻ったのでございます。大口開けたのが幸いしました😆 さあ、これから徐々にレベルを上げた練習をしていきますよー。
[悲報]
久しぶりに道場へ行って充実した練習ができたのですが、実は悲しい出来事が…休みで道場が無人の間に泥棒に入られて金目のものを全て持っていかれてました。元からなーんにもないので取るものもないのですが三方全面にある40枚以上の窓がアルミ枠ごとガッツリ盗まれてました。アルミっていい値がするのでしょうかね。新調した畳が無事だったことが何よりでした。

枠ごとゴッソリやられた窓です。
実はもう一つの難題が!
コロナ第二波おさまらずまだ全く練習の目処がたちません。運良くうちはロックダウン地域から外れていますが道場のある地区は思いっきりホットスポットでかなり多く感染者が出て封鎖されたままです。よって道場には近づくこともできません。地方の駐屯地に異動になった柔友からは練習の様子などが届けられ羨ましい限りです。
実はコロナが収束しても私が練習を再開できるようになるためには乗り越えなければならない壁がもう一つあります。それは「し・が・ら・み」……、非常にうっとうしいです。ここは柔道人口が少ないので皆が皆を知っている一種の小さな村状態です。実は派閥というか、もっとドロドロしたものが渦巻いていることがよくわかってきましたーーー。キャーーー😱
私の指導者B先生が退役し田舎に帰ることから次の指導者を紹介してくれるようお願いしたところ、「S先生以外思い当たらん、それ以外は知らん」と…S先生って私の1番目の先生でとっくに隠居してるやん!ここはどうかな?あそこはどうかな?と具体名をあげて聞いてみるが、「よその道場については論評しない」と…イシアタマーーー。そうだ、いつも明るい豪快S先生に聞いてみよう!すると…「あの道場は金目当て、あそこの道場ではお前は潰されてしまう」と…いや〜先生!私はまだまだ素人に毛が生えたくらいで(剛毛ですけど)、どこへ行っても得るものしかないと思うんですけど…それに潰されるほどの芽も出ておりませんが…
先生たちのいうこと聞かずに他道場に行っても狭い世界なのすぐバレて気まずくなるな〜どうするよーとだいぶ悩んでいましたが、ここで妙案!「わたし外人、しがらみ、しきたり知りませ〜ん戦法」つまり、文化が違うので分からんのだろう言っても無駄かと諦めさせシラ〜っと自分の好きなやり方でやり通す。そう、それはまさに私が主人の母(姑)に対してとっている戦法です😅コロナ明けから作戦開始!上手くいくといいな。
前回の投稿では全くやる気が出ずトレイニングもサボっていましたが、取り敢えず筋トレ、ひとり打ち込み、ランニングは始めました。うちの裏手に田んぼを囲む様にきれいに整備された一周2.5kmのランニングトラックができたのでそこを走っています。景色が常に変わるので走っていても飽きず夜も街灯がしっかりついているので暑い日中を外して快適に走っています。あんなに嫌いだったランニングがちょっと好きになって徐々に距離も延ばしたりなんかして…古くからの友人はいつかフルマラソン出るって言い出しそうと言ってますが42kmなんて考えただけで気絶しそうなのでそれはないでしょう。でも次回、「おばちゃんフルマラソン挑戦します」とブログのタイトルが変わってる可能性は0では無さそう…かな😆

ここです、走ってます。
モチベーション、サゲサゲMAX
前回の更新は5月だったのですね…
2ヶ月におよぶ都市封鎖中はひたすら基礎トレに励んだりビデオを見たりと実践はできないものの、それなりに充実した時間でした。ようやく練習解禁になったのですが再び流浪の民となりました。おばちゃんが柔道を続けられるか否かの最大の危機です!
海軍基地でのクラスター発生を教訓に陸軍でも密はいかんということで駐屯地の分散が図られ、私の連隊も対岸にインドが見えるくらいコロンボから遠い漁村へと移動させられてしましました。おまけに2人目の先生までもが除隊…田舎に帰ってしまったのです。また一人になってしまった…前回練習場所を失った時は精力的に柔活(柔道場活動)をしたのですが今回はエンジンが全くかからず…トレーニングもここ2週間サボっています。練習場所が定まっていないことに加え、今またコロナ第二波が来ていて道場が閉鎖されていること、日本へ帰れる目処が立っておらず昇段試験受験の目標設定ができないこと、そして加齢なのか最近あちこちにガタが出てきている中なにも進展がないままただ年をとっていくだけ衰えていくだけの自分に対するフラストレーション、これらのことがおそらくやる気が出ない原因なのでしょう…ダメだ、ダメだーーー。どこかで吹っ切ってエンジンをまたかけなきゃ…いやでもプスプスプスプススス…とそのまま廃車になるかも知れない。(いつになく超弱気) 果たして次回は復活をお知らせする投稿ができるのか…

嬉しいこともありましたよ、なんと畳が新しくなりました!都市封鎖中に化け物屋敷と化した惨状がTV新聞で取り上げられスポーツ省の逆鱗に触れたとか…早くここでまた練習できたらいいのにな。
都市封鎖…ジレンマとの戦い
新型コロナウイルスによって世界中が混乱していますがスリランカも同様、この2ヶ月いわゆるロックダウン、危険地域に指定された私が住むコロンボは完全都市封鎖で一歩も外に出ることができませんでした。今週初めからようやく段階的緩和で徒歩で行ける距離への必要物資の買い出しのみ外出が許可されたという段階です。
という訳で、もちろん柔道も突然練習ができなくなりました。7月の昇段試験を目標に体を作りはじめたところでした。2月の50歳の誕生日を機に現役の時から嫌で嫌でしょうがなかったランニングを始め、これサボったら昇段でけへんぞと体力というよりも気持ちで負けない自分を作るために3km雨の日も風の日も(実際はほぼ毎日炎天下)、半泣きで走り込んできたのも中断せざるを得ず…全長6mの居間を30分ひたすら往復もやってみましたが3日目に足の皮が剥け断念。試行錯誤の末、家の前の坂道ダッシュ10本(コレ効っくう〜)、部位ごとの日替わり筋トレ、毎日腹筋(割れましたあ〜)、そしてYouTubeでアフリカンダンス!(意外と楽しい〜) これをほぼ毎日ひたすらやり続け、50歳にして今が一番仕上がった身体になってます🤣 こんな老体でも筋肉だけは裏切らないのねー。しかし柔道の技術は後退するばかり、ビデオでの見取り稽古のみ…とっても不安です。日本の柔道連盟もえらいことになっているようで7月に試験が受けれるかどうかも不透明。それに追い討ちをかけてまた練習場所がなくなる迷える老羊になる可能性が出てきました。
海軍基地でクラスターが発生し今までに500名近い感染が確認されました。それによって他の陸空、警察にも緊張が走り一斉召集がかかりチームメイトはそのまま14日間の検疫のための隔離施設にぶちこまれています。それが終わると軍が管理する帰国者のための隔離施設での任務につくそうです。また駐屯地の宿舎は究極の三密なため見直され、北のジャングルの中の駐屯地にばらけて移動させられるようです。彼らも柔道どころではありません…都市封鎖が解けたとしても当分は練習相手も場所もなしです。世界中の人が何らかの不自由を被っているのですし柔道がなくなるわけではないのでこれくらい我慢と思う反面、いかんせん老体です。日を追うごとに確実に体は衰えるイコール昇段試験に受かる確率が低下する、まさに時間との勝負でもあるのです。気力だけでは補いきれない時が来るのもよくわかっているのです。負けるかという気合と無理かもという不安が行ったり来たりする毎日です。
